生と死

journal

 

3週間程前に私のおじいちゃんが亡くなりました

そう、この記事は少し重いですそれでも読んでくれる方は読み進めてね

3年ほど前に「おじいちゃんが危篤だよ!」

と連絡が来て急いでリクとリアを連れて病院に行った時

「もう思い残す事は無いからリクとリアをちゃんと育てるんだよ」

と私に言ってくれました。

なんとか持ち堪えてくれてそこから家に帰れました。

本当は入院してなきゃだったけど、やっぱり家に居たいと

そこから、コロナの時期に入りましたが、会えるうちに会っておきたいと思って二人を連れて時間があれば実家に帰って一緒にご飯を食べた思い出は二人に残ってくれてるといいな

気がついたら毎日透析になってしまい、行ってもなかなか会えずの一年でした

 

だから、会えない時はもっと電話で声を聞いておけば良かった

 

それだけが心残りかな

 

小学校に上がる前からお父さんがいなかったので働くママと育ててくれるおばあちゃんとおじいちゃんの家族で育った私はおじいちゃんがお父さんのようでした

だって30歳でも私にお年玉くれてたのwもらう私もあれだけど

自分の親が亡くなった時の悲しみはこんなに深いのか

と知らせを聞いてしばらくした後に実感

波のように消えては返ってくる悲しみというか先に涙が出てくるのは初めてで、どうしたらいいのか

只今大号泣しながらこれを書いています

 

この気持ちを忘れないように

書いています

 

知らせを聞いたときはそばにリクがいて、言葉が出る前に泣き崩れたてしまった私にリクは茫然としていたの、でもサッカーに行かないとで慌ただしく出て行った。

起きたリアに伝えたら、「わーーーーん!!」とボロボロ思いっきり泣き出した、こっちがびっくりするくらい、二人で抱きしめあっても一度ベットに入ってしばらくして眠った

そんな悲しい日でも、ピアノもあるし、サッカーもあるし、お腹が空いたらご飯を作り日常をこなしていかないといけない。

火葬をする前に会いに行きたいねと3人でおじいちゃんの家にごちゃごちゃの家の中に真っ白い棺桶

リクが最初におじいちゃんの顔を見た

その後に私の顔見た、涙いっぱいの目で

リアちゃんは「怖い怖い」と言ってなかなか寄れなかったけど帰るまですっと線香をあげ続けてた、なんでだろう

 

生きてない体はとても冷たくて、本当に「生気」が無い

生きている事はすごい事だと教えてくれた

人間の体は入れ物だね

リクはたくさんおじいちゃんを触って喋ってた

次の日に火葬場へ

久しぶりに親戚が集まってお花を棺桶に入れて本当にさようならをした

久しぶりに会ったから話が進んであっという間の1時間、1時間でおじいちゃんの体は「骨」だけになった

骨を出してくれて一個一個説明をしてくれるのをまさかの一番前で見ていたリクとリア

この前まで動いて、喋っていたのにね

命の終わりは誰にでも平等にやって来てしまうんだよ

でもおじいちゃんの生きた証達が最期を見守れた

お葬式はなし

あとは私たちがおじいちゃんを忘れないだけリクとリアが自分の子供や孫に話していってくれますように。

生きた証を私も二人も残せますように。

 

 

 

 

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